はじめに
近年、医療機関や薬局を取り巻く経営環境は急速に変化しています。厚生労働省の報告によれば、院外処方率の上昇に伴い薬局数は増加を続け、2023年には全国で6万2,000施設を超えました。一方で、大手調剤薬局チェーンやドラッグストアが積極的に新規出店やM&Aを進めることで、薬局業界は「大規模資本」と「中小独立薬局」に二極化しつつあります。
このような構造変化の中で、宮城県の薬局経営者も例外ではなく、今後の経営戦略を検討するうえで**「譲渡」や「M&A」という選択肢**がますます現実的なテーマとなっています。
本コラムでは、医療機関を取り巻く最新の経営状況を整理するとともに、宮城の薬局経営者が直面する課題、そしてM&Aの具体的な活用方法や売却時期の見極めについて詳しく解説します。
1. 薬局業界の経営環境の変化
1-1. 薬局数の増加と二極化
院外処方率の上昇により、薬局は地域における医療提供体制の重要な担い手となりました。その結果、薬局数は右肩上がりに増え続けています。しかし、その内訳をみると、大手チェーン薬局が都市部を中心にシェアを拡大する一方で、中小薬局は厳しい経営を強いられています。
宮城県においても、仙台市や富谷市などではチェーン薬局が進出を加速させていますが、石巻市や気仙沼市、登米市など地方部では人口減少や医師不足の影響で処方箋枚数が減少し、薬局の撤退や閉鎖が目立ち始めています。
1-2. 経営実態調査から見える薬局の収益状況
2023年度の医療経済実態調査では、約3割の薬局が赤字で、黒字の薬局も、全体の約2割を占める最頻階級で収支(税引後の総損益差額)は月10万円にも満たないことが明らかになりました。
背景には以下の要因があります。
- 薬価改定による収益悪化(薬価引き下げ・薬価差縮小)
- 物価高、人件費上昇による固定費負担増加
- 医薬品や医療材料の供給不安と逆ざやの増加
このような構造的課題によって、薬局経営の持続可能性が危ぶまれているのです。
1-3. 地域医療への影響
薬局の経営悪化は、単に事業者の問題にとどまりません。在宅医療、夜間・休日対応、災害時の薬剤供給など、薬局が担う地域医療のセーフティーネット機能が失われかねないという大きなリスクがあります。特に人口減少と高齢化が進む宮城県の地方部では、薬局の撤退がそのまま地域医療の崩壊につながる危険性があります。
2. 宮城県における薬局経営の地域事情
2-1. 仙台市と地方の格差
宮城県の薬局市場は「仙台一極集中」と「地方の縮小」という二極化が進んでいます。
- 仙台市、近郊部:大病院や医療モールに大手チェーン薬局が多数出店。M&Aによるドミナント展開も活発。
- 石巻市・気仙沼市・栗原市など県北、県南の地方部:門前医療機関の医師が高齢化し、後継者不在による閉院リスクが増大。処方箋枚数減少により薬局経営も直撃。
2-2. 門前医療機関の影響
薬局経営は門前医療機関の経営に強く依存しています。宮城県内では70歳を超える医師が診療を続けているケースが少なくなく、後継者不在の場合は医師引退と同時に処方箋枚数が急減します。薬局にとっては突然の売上減に直結するため、門前クリニックの将来像を見極めることが経営判断の鍵を握ります。
3. なぜ今、M&Aが注目されるのか
3-1. 経営悪化と出口戦略
中小薬局経営者にとって、今後の薬価改定や処方箋枚数の減少を見据えれば、「値がつくうちに譲渡する」という選択肢は合理的です。M&Aを活用すれば、廃業せずに従業員の雇用や患者の薬局利用を守ることができます。
3-2. 営業権(のれん代)の変化
かつて薬局M&Aでは、実質営業利益(EBITDA)の5年分程度が営業権(のれん代)として評価されていました。しかし近年は買収競争の落ち着きにより、4年分、3年分へと縮小傾向にあります。今後さらに短縮され、2年分程度しか評価されない可能性も指摘されています。
つまり、譲渡を検討するなら「早めの決断」が有利に働く可能性が高いのです。
4. 宮城の薬局経営者が考えるべき売却のタイミング
4-1. 売却を検討すべきシグナル
- 薬価改定の影響で収益が減少している
- 門前医師の高齢化・後継者不在が見えている
- 人材確保が困難で店舗運営に支障が出始めている
- 後継者(親族・社員)が見つからない
これらの条件が重なる場合、**「経営体力があるうちにM&Aを選ぶ」**という判断が重要です。
4-2. 宮城の買収ニーズ
宮城県内では、仙台市を中心に買収ニーズが高く、地方薬局であっても「在宅医療に強い」「地域で長年信頼を築いている」といった特色があれば一定の評価を得られます。特に近年は調剤報酬で在宅加算や地域支援体制が重視されているため、在宅対応薬局は高評価を受けやすい状況です。
5. M&Aを成功させるためのポイント
5-1. 財務・労務の整理
譲渡を前提にする場合、帳簿の整理や労務環境の整備が欠かせません。買収側は財務諸表だけでなく、従業員の定着率や残業状況も重視します。
5-2. 門前医療機関との関係性の可視化
買収検討企業は「処方箋の安定性」を重視します。門前医師の年齢や後継者問題を把握し、リスクをどうコントロールするかを明示できれば、交渉がスムーズになります。
まとめ ― 宮城の薬局経営者に求められる視点
薬局を取り巻く経営環境は、薬価改定や人材不足、門前医療機関の後継者問題など、厳しさを増しています。宮城県においても、仙台市と地方の格差、医師の高齢化、人口減少といった地域特有の事情が重なり、薬局経営の将来性を左右しています。
こうした中で、M&Aは「廃業か存続か」の二者択一に代わる第三の選択肢として、今後ますます重要性を増すでしょう。譲渡を検討する経営者にとっては、「売却額が高く評価される時期に行動できるかどうか」が大きな分かれ道となります。
今後の報酬改定や地域医療の変化を冷静に見極めつつ、準備を進めることが、宮城の薬局経営者にとって最も重要な戦略です。
